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旅烏の男  w a n d e r e r


 と、出出しから、
「おまえさんたち、盗賊だろ。」
「あ。」
 ……何だよ、バレバレじゃねえか。結構「一般人オーラ」まき散らして歩いていたつもりだったのに。がっかりだぜ。
「図星の顔して。やっこさん、正直だねえ。長生きできないよ。」
「うるせえよ。」
 更にばあさんの小声は続く。
「さっき、東か西がどうだってはなし、してただろ?」
「あ、ああ。」
「おまえさん、東の街道から奥の城を狙いたいようだがね。あそこは止めときな。」
「は……?何で?」
「あの城なら、この間何とかっていう盗賊が入ったとかで、めぼしいモンは根こそぎ持ってっちまったよ。」
「え。そうなの?」
 何だよ、しかも先越されてるじゃねえか。その上、今回も「先見の明」は奴に在り。俺の意見が通っていたら、本当にただの巡礼になっているところだった。あーあ、使えねえよ俺……。奴の耳に入ったら、「おまえは勘まで鈍いんだな。」とかいわれてムカつきそうだから、しばらく黙っておこう。……って、何だいばあさん?その手のひらは?
「ほれ、有力情報だよ。情報料も加味してよこしな。」
 何それ。
「んだよ。年寄りががっついてんじゃねえよ!」
「うるさいガキだねえ。近頃はここらも景気が悪いんだよ!」
「そりゃ俺らだって同じだ!」
「ちびっとは持ってんだろ?」
「ちびっとどころか、チャリっとも持ってねえよ。」
 押し問答なら、こちとら日頃から性悪に手に負えないオコチャマ相手に修行を積んでいるんだ。そこらの老いぼれ相手においそれと負けていられようか。
 と気合が入ったのも束の間、ばあさん禁じ手の、
「兵隊さん呼ばれてもいいのかい……?」
 う。
「盗賊風情が食い逃げで捕まってたら、七代先まで笑いモンだよ。」
「……。」
「……。」
「……。」
「……へっ。」
 勝利の確信を得て、ばあさんがニヤニヤ笑っている……。
「……くそ〜、足下みやがって。」
 畜生め。俺は財布からぺかぺかの銀貨を取り出して、ばばあの手のひらに叩きつけてやった。こんなに名残惜しい別れは久しぶりだ。
「毎度あり〜。」
「おぼえとけよ。(T_T)」
「あいにく耳が遠くてねえ。きこえねえよ。」
「よくいうぜ……。」
「それよか、いいのかいニーサン。」
「は?」
「あれ、おまえさんの連れだろ?」
 ばあさんが握った拳の親指を立てて、くいっと右を示した。つまり、俺たちの進行方向だが……、そういやアイツは先に行ったのか?
 と、次の瞬間。
「(があん。)」
 俺は、目にした光景のあまりのスサマジサに、激しく放心してしまった。ちょっと目を離した隙に、何やってるの、おまえは?
 奴は居た。いや確かに、居たけどね……。
 八百屋の隣は果物屋、店の境界線代わりに空樽がいくつか置かれているが、その真ん中の樽にちょこんと腰掛けて、両足をぶらぶらさせながら、果物屋の主人と楽しい楽しいフリータイム。……っていうか、おしゃべりに花を咲かせるのはいいんだけどね。何、その笑顔?自然過ぎやしないか?ここ最近、俺にそんな顔してみせたことないだろう?果物屋のダンナも、何で時々奴の肩とか腕とか触ってるの?赤の他人だよ?お客サンだよ?ちょっと馴れ馴れしいんじゃないか……?
 ばあさんがいった。
「隣の若旦那。何でも二週間前に女房に逃げられたとかで、今色んな場所が飢えてるらしいよ。早いとこ行かないと、取られちまうかもね。」
 ……。

 背後からずかずかと近づく。俺の接近に気づいて奴が振り返ろうとするが、今回ばかりは俺のほうが上手(うわて)だった。奴が反応するよりも早く髪に手を伸ばし、そのまま引っ掴んで下向きに加重をかける。奴の首が変な感じにぐにゃっと曲がったが……、まだ身体の柔らかいコドモだし、怪我はしないだろう。その証拠に、奴は不自然に首を仰け反らせたままの格好で、いつもするように、「如何にもオレは迷惑しています。」の冷めた視線を俺に向けた。
「何をするんだ。」
「『何をするんだ。』じゃない。おまえは何をしてるんだよっ!」
 俺が手を放したところで、奴は左右にコキコキと首の具合を確かめながら、
「情報交換だろう?」
 やはり迷惑そうに答える。
「情報交換って、何の?」
「何、というより……。『どこから来たのか。』とか、『今夜はどこに泊まるのか。』とか、『名前は。』とか、『種別は。』とか、『年は幾つだ。』とか、『独り身か。』とか。『いつまで居るんだ。』とか、『好きな食い物は何だ。』とか、『今夜ヒマが在るなら一緒に食事をしないか。』とか?……きかれたから答えていただけだ。」
「……。」
「……。」
「……あのね。」
「?」
 しみじみいってるけど、それは情報交換じゃなくて自己紹介っていうの。ついでにナンパまでされてるし……。ああ、頭痛がする。
「野郎、何者だ?」
 今度は何……?顔を上げれば果物屋の若旦那が、あんたあのコの何なのさ、とでもいいたげな表情で、俺をみている。状況的には間に割って入られたことになる若旦那は、少々ご立腹の様子だ。
「あ?」
 俺様が何者かって?それ、きいちゃう?
 フ、きいて驚け。
「俺は……!」
「『天下の恋女房、黒鵺様だ。』。」
「違う。(T_T)」
 泣きそうだ。
 己の隣で激しく脱力している男のことは歯牙にもかけず、奴は小首を傾げてこういった。
「おまえは一体何を怒っているんだ?おまえだって、さっきは八百屋の女主人と世間ばなしをしていたではないか。」
 俺は奴の胸に人差し指を突きつけ詰め寄った。
「それとこれとを一緒にするか?何が『きかれたから答えていただけ。』だ?ただの情報交換のくせに、べたべた身体なんか触らせてんじゃねえよ、この色狐。」
「……。」
「……?」
「……ふ。」
 突然、奴が笑う。そして何をいい出すかと思えば……、
「何だ黒鵺、妬いているのか?」
 ……何その卑屈な笑い?今、鼻で笑ったでしょ?
 マジ、あったまきた。
 視線の交わる中間点に火花が散る。怒りに任せ、俺は奴の座る隣の空樽の天辺(てっぺん)を思いっ切り引っ叩いた。
「やるかあ!!?」
「フ。いいだろう。」
 そのことばを合図に、睨み合いの火花が一気に弾ける。やばいくらいのマジ切れモード。久しく突入を避けていたが、もう誰が止めたって無駄だ。街人でも警備兵でも、制止する度胸の在る奴、来るなら来てみろ。俺が全員ぶち殺して、ついでに妖狐蔵馬もぶち殺す。
 俺は踵を返し、広い路地の中央へ。奴に振り返り、来いよと手招く。奴が俺に視線を据えたまま、ゆるりと空樽を下りる。やがて、奴の迷いのない足取りが得意の位置取りを計り……。

 乾いた熱風が砂塵を巻き上げ、対峙するふたりの間を転がり行く。風が止めば一瞬の静寂が、重苦しく辺り一帯を制圧する。
「オレに闘いを挑むからには、それなりの覚悟はできているのだろうな?」
「へ。やられるのは貴様だ。死んでから詫び入れて後悔するなよ。」
「その台詞、おまえの辞世の句にならねばよいがな……。」
 一寸先に横たわる生死を分ける一瞬に、闘争心を掻き立てられる己は、結局血に飢えた魔界の一生物に過ぎないのだろう。奴との間合いを確認し、俺は密かに心の中で独りごつ。
 ……いいねえ、この緊張感。ぬるいリレーションに浸りながらも、やはり俺は根っからの勝負師だったというわけだ。決闘前の、この肌にねっとりと絡みつくような────
「お。何だ何だ、喧嘩か?」
「おおい、喧嘩だってよ。」
「え、喧嘩?どこどこ!?」
「こっちこっち。喧嘩が始まるぞ。」
 緊張感が……。
「やあ、久しぶりですなあ。この街で喧嘩なんて。」
「そういや、何年振りだろうねえ……。豪儀なもんだねえ、若いってのは。」
 緊張かん……。
 の前に、何このギャラリー??
 俺たちを取り巻き、いつの間にか黒山の人集りが出来上がっている。たかが喧嘩のどこが珍しいのか、未だ続々と集まり続けるギャラリーからは次々と威勢のいい声が、
「いいぞーニーチャン!やれやれ!」
「俺は黒いほうのニーチャンが勝つほうに五枚だ!」
「こっちは倍だ倍!頑張れよべっぴんさんのほう!俺が賭けてやるからなー!!」
 おいおい、賭けを始めるなよ。賭けを……。
 あのトマト売りのばあさんまでが声高らかに、
「賭けするならウチが取り仕切るよ!まとめてこっちに払いなあ!!」
 仕切るなよ。
「赤こーなー。」
 あの、誰もレフェリーしてくれなんて頼んでないから。しかもオジサン、ここの警備兵でしょ?本来ならこの手の場面を、一番に止めに入るべき立場に在るんじゃないの?
 本当にここの住人は、どこまで金に強かなのか。何だか、ここまでされるとこっちが冷める……。
 俺は目が点で、何だか一時でも熱くなっていた自分が莫迦みたいだ。奴のほうは、この状況変化には関心がないらしい、喧嘩を売られた立場だから、「来るなら来いよ。」の姿勢は崩していない。俺が仕掛ければ手加減なしにおっぱじめそうだが……、まあ、あんまり目立っても何だし。ここは一先ず退くが得策だな。
 というより、恥ずかしいから早いとこここから脱出したい。(本音)
「賭けるなあ!!喧嘩はしねえ!終わりだー!!」
 最初こそ目立ってしまうが、仕方ない。俺はギャラリーに向かって叫んだ。とりあえず解散させんことにはどうにもならん。
 ギャラリーから覗く面々は、揃いも揃って納得できない雰囲気を漂わせ、やがて辺りはさざなみのようなブーイングに包まれる。……って何様だ、貴様ら?
「闘(や)らねえなら初めから表通りに出るなよ紛らわしいっ!」
「そうだそうだ!!」
「やるならやるではっきりしろっ!」
 ……だから何で俺が責められるんだよ。完璧に一対多じゃねえか。何だか腹が立ってきた。
「うるせえな、だったら仲直りすればいいんだろっ!!」
「なんだい、度胸がないね……。」
 うるさいよ、向かいのおばちゃん。
 喧嘩の原因になったあの若旦那も、事の行方をみ極めようと、未だ睨みを利かせている。憤然とした気分が収まらないまま、俺は奴に歩み寄った。
「仲直りね……。」
 いいつつ、奴の頭の先からつま先までをしげしげと眺める。
「?」
 展開の波に乗り切れていない顔をして、奴がきょとんと俺をみる。そのちょっと間抜けな面をみていたら、ひらめいた。
 ……まあ丁度そこに、顔があったし?



 俺の腕の中で、奴の肌がぞわっと毛羽立つのが分かった。ほぼ同時、解散しかけたギャラリーは、津波のようなどよめきと感嘆に包まれた。
 そのままの態勢で約十秒。これ以上やり続けて、奴の精神が崩壊しても困るので、よっこらせと解放してやる。俺は押しのけた奴の両肩に手をかけたまま、
「ほら、仲直りしたぜ!文句あるかっ!?」
 かなりやけっぱちに声を張り上げた。
「やるねえ、ニーチャン!熱い熱いー!」
「みせつけてくれるじゃねえか!」
「うるせえ!終わったんだから散れよ、ヒマジンどもがっ!」
 果物屋の若旦那をみれば、あまり納得してくれている顔ではないが、今の光景を目の当たりにすれば、かわいいかわいい妖狐チャンにも諦めがついたことだろう。
 俺らの損失はトマト一個分だ。まあ、これくらいで勘弁しておいてやろう。
 ではこれにて一件落着、ということで。一本締めの、万万歳だ。さあ、こんなふざけた街とは、さっさとオサラバするとしようか、なあ妖狐チャンよ……、ん?
「黒鵺のくせに……。」
「……は?」
「黒鵺のくせに……、寒いことした。」
「……。」
 ……そんなカビが生えたような辛気臭い顔することないでしょ。一応、寝食を共にしている相棒なんだから。


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